916 〔from MAJOR〕
これやるよ、と差し出されたボールに、僕は正直面食らった。真新しいボール、でもなくて、しかもなんだか……黒い?
何これ、と問う前に、その黒いのに「吾」の文字が見えた。
「サインボール。ぜってープレミアつくから、今のうち持ってて損しないぜ?」
「まあ、うん……そうかもしれないけど、なんで急に?」
「急にじゃねーだろ? プレゼントだよ」
「ますます分からないな……」
「何言ってんだよ? 今日誕生日だろ?」
「えっ?」
「おいおい忘れたとか言うなよー?」
「……ごめん、忘れてた」
おいおい、と吾郎君が大袈裟に頭を抱える。指の上で黒いボールを回してから軽く放って、それは僕の手の中にすぽりと納まった。
太いマジックで、吾郎君のちょっと乱暴な字で名前が書かれていた。サインなことは確かにサイン、だけども。
「サインってさ、もっとこうデザイン性に富んだものじゃないの?」
「うるせぇなぁ、読めた方が分かりやすくていいだろ?」
「はは……外国人相手になら風情だけどね」
しかもこれ、もしかして今日使ったボールじゃないか? そんな思いがつい顔に出てしまったのだろうか、吾郎君はがりがりと頭を掻いた。
「プレゼントってのは金額じゃなくてココロで贈るもんなんだぜぇ」
「……お金をかけていないのは暗に認めてるわけだ」
「ココロがこもってるのも暗に認めてるぜ」
「はは……ありがとう」
あ。
あ、そうか。
「なんだよ、変な顔して」
「おじいちゃんたちが今朝、先に帰り時間聞いてきたんだ。自分から言ってくるから気にもしなかったけど……今になって思うと、そわそわしてた気がする」
「そりゃあアレだ、サプライズパーティーだ」
「やっぱりそうかな。忘れてたくらいだし、祝われなくても気にしないのに」
「おいおい素直にありがたがれよ。うちなんかかーさんがそういうの好きだから、今どきイチゴのケーキだぜ。ま、祝ってくれるっつーのはいくつになっても嬉しいけどさ」
「嬉しくないなんて言ってないだろ。忘れてたからびっくりしただけだよ」
「なら俺的にもサプライズ成功だな」
「そういうことにしておく」
「あ、ケーキくらいならおごれんぜ」
「いいよ、誕生日だからって特別なことしなくても。君が覚えてただけで嬉しいよ。ありがとう」
「ん」
ふっと目の前がかげって、吾郎君の唇が触れた。
予告しろとは言わないけど、いつも脈絡ないね、君は。
このキスがプレゼントだなんて言ったら、さすがに張り倒すよ……?
「な、プレゼントもちょっと欲しくね?」
「今のがそうだって言ったら蹴るよ」
「ひっどーい寿君乱暴ー」
「ほかに何くれるって言うのさ?」
「俺自身とかどう? 今夜ひと晩目一杯サービスしちゃうぜぇ」
……蹴ろうかな。
蹴っていいかな。
「何をサービスするのさ」
「そりゃあもちろんあんなこととかこんなこととか」
……頼むからにこにこして言わないでくれ。
「それは僕じゃなくて君が嬉しい方向だろ? それに誕生日じゃなくてもできるじゃないか」
「いやん寿君たらえっちぃ」
……どっちが。
「おじいちゃんたちが待ってると思うし、悪いけど今日は帰るよ」
「あ──ああ、そっか。そうだよなー。仕方ねえ、ここはじっちゃばっちゃに譲るかあ」
「譲るも何も、君のやりたいことは今日じゃなくてもいいだろ? 権利だけもらっておくから」
「いやんえっち。何させるってゆーのよ?」
「そのときまでに考えておく」
君と一緒にいて。
楽しい時間を過ごして。
それで充分、な気もするけどさ。
「そんなに名残惜しそうな顔しないでよ。ほんと好きだね、吾郎君も」
「そりゃ寿君が可愛いからなぁ」
お前だって別に嫌いじゃないだろ、なんて。
そんなこと、僕に言わせるかい、君は。
嫌いだと言った憶えはないけど、好きだとも言ってないはずだぞ。
けど、君に触れられるのは嬉しい、それは本当。
……僕も馬鹿だな。
「帰るまでにまだ少し時間ある。君がプレゼントでもいいから、今日は少しくらい優しくしてよ?」
──それを聞いて吾郎君は、少しやらしい顔で、僕の頭を抱いてから、笑った。
了
(元ネタ提供/長沢涼)
〔あとがき〕
タイトルで内容がばれる話ではありますが。
長沢さんが、寿君バースデーのイラストをブログに掲載してらして、メールでもお伺いしたので、これ幸いとネタに引っ張りました。
「少しくらい〜」の台詞がお気に召して頂けたようです。
ていうか、寿君は寿君で、吾郎といちゃいちゃするのは好きらしいです。えっちは微妙だけども。