ボクノウタ 〔from MAJOR〕
「ほら寿君、部屋ついたぜ?」
寿也の腕を肩から下ろすと、寿也はそのままベッドに、滑るように倒れ込んだ。うーともむーともつかない呻き声を漏らし、うずくまるように寝返りを打つ。
「水持ってくる」
「平気だってぇ」
「はいはい」
ろれつが回ってねえじゃんよ。
こんなにぐっでぐでになっている寿也というのは、珍しい。そんなに飲んでいる様子もなかったし、何か強い酒でも飲んじまったのかな……。
二日酔いとかなんなきゃいーけど、下手に風呂入らせるのも危険な気がするし……。
ふたりで入るにはちょっと狭いしな……。
「寿、水」
「……おいといて」
「少し薄めた方がいくねーか?」
「飲んだら吐きそう……」
「ちょっと。吐いてもいいからトイレ行け。ていうかいっそ吐けば?」
「……そーしようかな……」
「俺飲みもん買ってくるから。思う存分吐いとけよ?」
寿也がトイレに向かったのを確認して、財布ひとつで俺は外に出た。夜の冷えた空気で所為で、自分が酒臭いな、と感じ、コンビニには行かずに自販機を探す。適当なペットボトルを何本か買い込み、抱えて戻ると、寿也はベッドで、壁により掛かって座っていた。
まだ顔は赤かったし、眉間にしわを寄せた不機嫌そうな表情だった。
「どよ、すっきりした?」
「……半分くらい」
「酒抜けた?」
「お酒自体は多分ね。でもアルコールが回ってるし、酔いが覚めたわけじゃない。……もう少し落ち着いたらシャワー借りる」
「危なくね?」
「このまま寝たらあしたすっごくお酒くさい気がする」
「だよな……ほれ、飲め」
「……ありがと。あとで払うね」
「いいってこれくらい」
俺も同様にボトルのキャップをひねった。一息で半分ほど飲み干し、もう少し買ってくればよかったか、と思いながら寿也を見ると、寿也はキャップにこそ手をかけてはいたものの、まだ口も付けていなかった。
「何、嫌いなやつだった?」
「そうじゃない。……開かないんだ」
「えええー」
「手にうまく力が入らなくて」
「貸してみ」
あっさりと封を切り、寿也に手渡そうとして、その手がかすかに震えていることに気付いてしまって。
おいおい、急性アル中なんてなしにしてくれよ寿也君。
「持てるか? なんなら口移ししてやってもいいぜ」
「馬鹿言うな」
やや乱暴にボトルを奪い取り、両手で包んで持って、二口くらい飲んで、息を吐いて。
ぶっ叩かれそうだなあ、と思いながらも、俺は俺に抗えなかったり、する。
寿也が悪いんだぜ。
目も潤んでるし、唇も濡れてるし、キスのひとつもしたくなるってもんだ。
けれど寿也は、驚いたことに抗わなかった。
睫毛の数さえ数えられる至近距離の眼差しは、眠たそうにも見え、それでいて俺を捉えている。寿也の手からボトルをそっと抜き取り、倒れない場所において。
……俺調子に乗るぜ?
抵抗するなら今のうちだぜ?
寿也の頬は上気して熱く、唇そのものも熱を持っているようだった。舌を絡めるのをいつもなら嫌がるくせに、そんな素振りもない。
少しずつ吐息がうわずって。
……酔ってるんだな。
理性が飛んでるんだな、と思った。いつもこうだとますます可愛いのに、と思っても、一応は言わない。下手な発言で寿也が我に返ったら、すごく勿体ない、と思う。
どんなリード、するかな。
理性的で攻撃的、だもんな。
それとも逆にすごくおとなしくなったりするかな……。
実際最初は、おとなしかった。
いつになく恥じらって、初々しいって言うんだろうか、攻撃的なのとはまた別に、すっげーそそられた。
いくら酔ってるからって言っても、反則だろ、そういうの。
「……もっと、していいよ」
……おい。
俺の理性も吹っ飛ぶぜ?
「酒で敏感になっちゃった?」
「……何言ってんの」
熱っぽく囁いて、寿也の腕が首に回る。
「アルコールは感覚を鈍らせるんだよ? 思考能力も落ちるし、敏感になるわけないじゃないか」
……酔っててもそんなことを言えるのがさすが寿也だ。
でもそれってさ。
「あんまり気持ち良くないってこと?」
「……そういうわけでもない。ただ少し……足りない気がする」
……おいおいおい。
お前、間違いなく酔い倒してるだろ。
あしたの朝になったら記憶が飛んでるだろ。
それならそれで、好き放題やってみたい気もすごくしますが寿也君。
そういう、露骨なお前もそれはそれで可愛いぜ?
「だからもう少し手荒でもいいよ。……多分、大丈夫だから」
ぶっつん。
……あー、今、切れた。
俺の理性が今飛んだ。
「……じゃ、忘れられないくらいにしてやる」
腕に一瞬力がこもり、寿也は俺の耳元で、煽るように笑った。
おはよーさん、の一瞬のあと、寿也は勢いよく背を向けた。赤くなった、と思ったのは気の所為だったろうか。
「二日酔いしてね?」
「平気」
「メシ食う?」
「今はいい」
「……なんだよ、怒ってる?」
「怒ってない」
いやーその割にすっごくつんけんしてますが。
アレかな、やっぱやりすぎたかな……。
いくら記憶が飛んだとしても、何があったかなんて、今の状況ですぐ分かるもんな……。
「あのさー……その、悪かったな、昨日」
「言うな」
「覚えてないかもしんないけどさー……俺も調子にのった。スマン」
「言うなって言ってるだろ!」
「……それで怒ってるんじゃないの?」
「怒ってないって言ってるだろ<」
「この状態でそう言われても説得力ないんですけど……」
「……だから!」
背中越しでも、寿也がぐっと息を堪えたのが伝わる。
「全部覚えてるから、恥ずかしいだけだ!」
ごく、抑えた声で。
どんな顔をしているのか、ものすっごく見たいんですけど、寿也君。
無理に振り向かせたら、ぶっ叩く?
だから俺は、後ろから腕を回すだけにして。
やっぱりお前すっげー可愛い、と、耳元で言ってやるだけに、するんだぜ。
了
〔あとがき〕
「キミノウタ」を早々に長沢さんに公開してしまったので、本として発行するにあたって、サプライズ的に加筆しました。
「キミノウタ」が寿君側からなので、吾郎側からで。タイトルも対にする感じで。
もっとコンパクトにまとめるはずが、なんか無駄に延びたな……ページ数という制限がなければ、さらにエロシーンを書き足した可能性があります。
寿君がお酒に弱いかはまあ分かりませんが、そこはノリでごまかしてください。
吐いたからって酔いが覚めるわけじゃあないんだよね。
酔ったぐれて理性が飛ぶ、というのはあるけれど、感度が良くなるというのは人体構造的に違うらしいので、過敏反応するとしたら、それは神経が高ぶっているが故、のことだと思います(お、真面目な講釈)。
感情が解放されることでの気持ちよさはあるだろうし。
そういう「理由」が必要なときもあるさね、みたいな。