キミノウタ 〔from MAJOR〕


 ──どうしよう。
 というか、どうしよう。
 早くしないと吾郎君が出てきてしまう。
 だからって、どうする? ここで僕が部屋を出たら、何を言われるか分かったものじゃない。
 言われて済むならまだいい──か?
 ──どうしよう。
 いいんだろうか。
 ああでも、相手は吾郎君だしな。
 仮の言葉を借りれば、ナントカの大きさまで知ってる仲だし──な。
 まったくその気がない──と言えば、それは正確じゃない。たださすがに経験がない──から、どうしたらいいものか、だ。
 吾郎君はどうなんだろう。
 そういう話は好きだったしな……。
 いやでも耳年増なだけで案外経験無いかも……。
 がちゃり、とバスルームの扉が開き、僕は自分の肩が震えるのを感じた。
「お待たせ」
「待ってないけど?」
「つれないねえ寿君は」
「……いいから、何か着なよ」
「えー? 男同士じゃん。それにさあ」
「いいから着なよ」
 彼の言葉を遮るように、バスローブを投げつける。パイル地の下で何か言って、けれど彼は、おとなしくそれを羽織った。
「……寝る?」
「寝るよ」
「っつーかさ、」
 ……焦れったい。
 同じように思っているのだろうか、吾郎君も次の言葉を継がない。
 だいたい、どうやって始めるものなんだ?
 なんとなくそんな感じで、なんて雰囲気は今のところ皆無だし、そもそもこの部屋にいる時点での目的がそれなんだけど、まさか「プレイボール」で始めるわけにも行かないし。
「……じゃあ、寝るか。お前そっちな。……ってもおんなじベッドだけど」
 ──何もないならそれでも。
 それでも、いい。
 何も無理に体を結ぶ必要なんて……。
僕だってそんなにやりたいわけじゃないし、吾郎君もきっと。
「電気消すよ」
 彼は上体をまだ起こし、僕が横になるのを待っているようにも思えた。僕が布団に片足を突っ込んだところで、ぼそりと言う。
「とりあえず俺がお前を押し倒せばいいのかな」
 ……とりあえずってなんだ、とりあえずって。
 僕が押し倒されるなんて勝手に決めるなよ。
「そいでもってプレイボール! なんつってな。男なだけにタマだしちょうどいいじゃん。それともこの場合はバットか」
 ……あああ。
 彼に少しでも情緒的なものを期待した僕が馬鹿だった。
 しかも考えることがかぶったというのが、少なからずダメージだ。もちろん僕は彼のような下品な連想をしたわけではないけれど、この場合は口にしたもの勝ちで。
 呆れる、に似た感情で、胸の奥の芯が音を立てて折れた。がっくり、というのが一番近いかもしれない。
 まったく、君ってヤツは。
「……それ、女の子の前で言わない方がいいよ」
「冗談だって」
「それでもだよ。引かれるよ、多分」
「男同士だから言うんだろー」
 ……そうだね、僕ら男同士だね。
 好いた惚れたの関係じゃなし、感傷的になった僕が馬鹿だった。
「うお? ちょっ、寿?」」
「……うろたえないでよ」
「何これ、俺が押し倒されるってこと?」
 太腿にまたがられ、きゃぁ、なんとわざとらしい悲鳴を上げる。無視して彼のバスローブの前をはだけ、引き締まった胸筋に指を滑らせると、それが少し硬直するのを感じた。
 こんなふうに触れることがあるなんて、思いもしなかった。
「っ……」
 まだしっとりしている肌に唇を這わせる。彼が喉の奥で小さく呻く。鼻先に、石鹸の香りと彼の体温を強く感じた。
「あのさ……フツーはチューから始めるもんじゃねーの?」
「そんな回りくどいこと要らないだろ」
「でもほら、流れとか手順とかあるだろ?」
 ……どんな手順だ、どんな。
 君の中のプランはどうなってるって言うんだ。
「雑誌の読み過ぎじゃないの」
「そうかよ? っていうかいきなしこんなのって、色気無くね?」
 ……男同士に色気も何もあるか。
「君がそんなこと気にすると思わなかったな。それとも何? 怖じ気づいた?」
「んなことねーよ」
「プレイボール、って君が言ったんだよ。今更始球式が必要かい?」
「え、何、じゃあもう試合開始?」
「……鈍いなあ」
 すでに何度目かになるがっくり、を押し殺し、彼のバスローブのひもをほどく。彼のそれはまだ力無く折れていて、それにも少しがっかりした。あからさまにさらされた所為か、吾郎君の太腿にぴくり、と力が入る。
「やりたいようなことを言う割には、勃ってないじゃない」
「あのなー、さっきの今でいきなり勃つかよ」
「フツー勃つだろ? ていうより男が勃つのなんか一瞬じゃないか。それとも君は、グラビアアイドルの方がいいかい?」
「っあのなー……男相手にそう簡単に勃つかよ」
「ふーん……そう」
 その男相手に、押し倒すとかなんとか言ってなかったっけ?
 僕が押し倒されてやれば、君のこれは勃つのかい。
 根本を握ると、それではなく彼の肩の方が跳ね上がった。
「ちょっ、寿!」
「なんだよ」
「なんだよがなんだよ!」
「ほんと鈍いな。いちいち説明しないといけないのかい?」
「っていうか、」
 ただ一度上下にさすっただけで彼の言葉が途切れる。僕の手の甲に首を垂れるそれは、亀と言うよりは蛇のようだ、と思った。
 尾のない短い蛇。
 いつか牙を剥く──。
 握った感じも手触りも、僕自身と大差なかった。ただ少しだけ、僕よりも太さがある、と思った。
 ──こんなのが入るのか……?
 ──って、いや、何を思ってるんだ、僕は。
 どちらがどちらを押し倒すかなんて、決めてないだろ──。
「……男には勃たないんじゃなかったの」
「うるせーよ」
 目のない蛇が鎌首をもたげ、僕の手の中で張りと硬度を増してゆく。目が慣れつつある薄明かりのなかで、彼の呼吸の乱れを聞いた。
「……寿も脱げよ。俺がやってやるから」
「僕はいい」
「なんだよそれ」
「君に預けたりしたら握りつぶされそうだからね。──少し楽しみなよ。こんな機会そう無いんだからさ」
「それは寿君がもっと楽しませてくれるってことかよ」
「……そうだね、試してみるよ」
 彼の膝に体重をかけないよう、跨る位置を少しずらす。僕の意図を悟ったのか、彼が僕の肩をつかんだ。
「マジかよ」
「なにがさ」
「いや、だからその」
「いちいち面倒だなぁ吾郎君は。されたことないの?」
「ねえよ! 寿也は?」
「僕もない」
 もちろん、したこともない。
 少し光栄に思いなよ、吾郎君。
 僕がこんなことをするのは、君が最初で最後かもしれないよ──。
 抵抗がまったくなかったと言えばそれは多分嘘だ。けれど、初めて舌で触れてみたそれは、意外にもなんの味もしなかった。
 ……こんなもの、なのか……。
 ゴムともビニールとも違うし、かといって当然腕や腿とも違うし、変な感じだな……。
「……あの、さ」
「なんだよ」
「絵的にすっげーそそるんですけど」
「……そりゃ良かったね」
「いろいろ注文つけてもいいの?」
「その方がいいな。僕も勝手が分からないし」
「えっと……じゃ、そこの、裏筋のとこ」
「……ここ?」
「そう……あと手で握ってみて」
 それから少しの間、彼の言うままにあれこれしてみて、彼の呼吸を探った。丸ごと口に含んだとき彼はさすがに慌てて、けれどやめろと言わなかったあたりで、正直だなと可笑しくなった。
「全部勃った?」
「……かな」    
「いいよ、出しなよ。我慢してんのつらいだろ?」
「……飛び散るかもよ」
「むしろ見てみたいね、それ」
「まーそれはあとのお楽しみにしとけや」
 彼が体を一瞬緊張させ、次の瞬間に、水鉄砲のように、それが透明な液体を吹き、握ったままの僕の両手と、彼自身の下腹部に滴った。
「……噴水みたいになるのかと思ったよ」
「まーまーこれからよ、それは」
 少しだけ息を荒げながらも、彼はまだ不遜に笑う。
「これでやっとランナー背負ったって感じかな」 
「じゃあ僕が逆転ホームランでも打つよ。……でもすごいな、これ」
 本音だった。
 射精ではないからなのか、張りも硬度も衰える様子がない。ぬめって、ひくついて、うごめいて、まるでそこだけ別の生き物のようだ。
 感覚は──分かる。分かるだけに余計生々しい。自分がそうしたかのような、妙なシンクロ──。
 ──同じ体を持つというのはこういうことなのか。
 僕の鼓動が早くなるのも、体の奥が熱くなってきているのも、僕が彼にしていることを、まるで彼が僕にしているかのような気がするからだ。
 シンクロって言うより、カタルシスだな、それって……。
「……俺、我慢できね」
 呟いて、僕の膝を押し広げるまでの彼は本当に素早かった。
 押し倒されてしまった、と思う間もなく。
 う、わっ。
「何すんだよっ! いきなり入るわけ無いだろ!」
「はいんねぇの?」
「無理に決まってるだろ! 自分の体で考えてみなよ<」
 ああ考えてる考えてる。
「……無理なの?」
 ……考えてる意味無い!
「なんなら僕が試そうか?」
「だってさー、これくらいのう」
 思わず彼の口を手のひらで塞ぐ。言いたいことは分かる。けど──君、この調子じゃ女の子とこういうことできないよ?
「……少なくとも一気に入るものじゃない。それくらい理解できた?」
「そういうことにする」
「そういうことって……あのさあ、君の教科書には、とりあえず突っ込めなんて書いてるわけ?」
「男同士のやり方なんて載ってねーもん」
「女の子相手にだって同じだろ? 相手にお構いなしで突っ込んだら、間違いなく嫌われるよ」
 ……あああ。
 なんで僕が、吾郎君にこんなこと説いてるんだろ。
「寿君、詳しーい」
「……君、一体何をどう勉強したんだ今まで」
「そんなにふて腐れんなよなー? しょーがねえじゃん、初めてなんだから」
 ……いや君の場合、もっとこう、何かが根本的に欠けてる気がするよ。
「じゃあさ……どうしたらいいか、俺に教えてよ」
「えっ……」
「どうせやるんだったら、お互い気持ち良くしてぇじゃん? それにこんなこと、寿でもないと訊けねーし」
「けど」
 学校の勉強とはわけが違うんだぞ。
 単に教えるだけ、ならまだいい。ただそれを実践されるのがいやだ。
「……あとで君の体に直接叩き込む」
「ええ?」
「口で言うより君にはその方が早いだろ?」
「でもさあ、そしたら今どーすんの?」
「自分でなんとかする。……多分、時間かかるけど、それくらい我慢しなよ」
「え? あ、ああ、うん。いいけど」
「じゃあ寝てくれる? ついでに目、閉じててよ」
「わお、それって馬乗り──」
「寝てよ。……三度は言わないよ」
「へーへー」
 下肢を投げ出すように寝転がって、彼は両手で顔を覆った。おおかた指の隙間を空けてるだろう、と思ったら、……ほんとにそうだ。
「……真っ暗にしようか?」
「はい、スミマセン」
 まったく信用ならないので、枕を投げつける。彼の頭が隠れるのを確認してから、僕は彼に跨った。
 無茶をする、と自分でも思った。いやだ、と思うのは、僕の意地に過ぎない。股間を見られたことでさえ普通に恥ずかしいのに、彼に前戯なんてされたら、悶死しそうな気がする。
 さっきのカウパーで濡れてるし、大丈夫……だよな。
 後ろ手に尻を割り、普段触ることすらない部分に指を当ててみる。そこは意外にも、僕の意志とは関係なく、それ自体が呼吸でもするかのように、波打っていた。
 ……ああ、そう。
 僕は吾郎君が欲しいのか──。
 それを明確に意識した瞬間、僕のものがぴん、と張った。バスローブの布地を押し上げる自己主張ぶりに、僕は思わず彼を見た。──枕、ずれてない、大丈夫。
 裾をたくし上げるついでにその張りを隠して、ゆっくりと、恐る恐る、腰を落とす。僕の肌と彼の先端がふれあったとき、彼がぴくっと動いた。
 ──入るのか? こんなの……。
 入れなくたっていいんじゃないか? 現に吾郎君は、僕の手でいけてるんだし……。
 一瞬で巡らせる思考を、下腹部の疼きが邪魔をする。根本のあたりに僕の知らない器官ができて、それが勝手に騒いでいるような……。
 ぬるぬるする彼のものに手を添えて、滑ったりしないようにしてから。
「ッ……」
 声を押し殺しきれず、咄嗟に手の甲で口を押さえた。手を離した拍子にローブの結び目がほどけ、はだけた合わせ目から、僕のものが顔を出す。ほんの数秒前までかんかんに張っていたそれは、思わぬ衝撃で少し萎えていた。
 ……こんなの……。
 無理、だろ……?
 頭の片隅で、僕をとどめようとする声が聞こえる。──そうだ、無理だよ。慣らしてもいないのに。
 だからゆっくりやるんだろ……?
「……っ、ぅ」
 無理だよ。
 こんなの入るわけない。
 でも。
「……っぐ、」
 喉の奥から呻き声が漏れる。先端が少しくぐっただけなのに、鉄の棒でも押し当てられたかのような熱さを感じた。
 腿の力を抜いて、体重を乗せればいい、だけだ。方向的には。
 理屈はそうだ。あとは何が足りない?
 そう──そこさえ入ってしまえば。
「……寿君、」
「ばっ……」
 吾郎君には、枕を外すつもりなんか無かったのかもしれない。
 僕が早とちりしただけかもしれない。
 間違いないのは、その焦った瞬間に、僕が体のバランスを欠いたということ。
「……っ<」
「寿っ……」
「起きないで<」
 僕の息が短く荒くなる。たとえようのない痛みをそれで紛らわすかのように。ふさがらない口から、唾液が細く糸を引いた。
 ……甘かった。
 かなり、甘かった。
 女の人も、こんな感じなのか……?
 いや女の人とは違うところを使ってるわけだし──。
 ……余裕あるな、僕……。
 単なる現実逃避かな……。
 それくらい痛いもんな……。
 腕を回して、そろそろと指で探ってみる。紛れもなく根本近くまで入ってしまっているのが如実に分かって、それがなんとなくまたがっくりした。
 血は、出てない。……らしい。
 傷口に触ったときのような痛みもない。切れてはいない……らしい。今のところ。
 このまま動かない限りは、だけど。
 でもそんなセックスって、ありか……?
「……全部入った?」
「多分ね」
「痛くねーか?」
「……痛いよ」
「やっぱ俺のでけーか」
「大きさの問題じゃないよ」
「……枕、外していいか?」
「……うん」
 ローブで互いの股間は隠れているし、案の定吾郎君は、何を期待していたのか、少し不服そうだった。
「ほんとに入ってんのかよ」
「自分の感覚が信用できないのかい? 君、意外と鈍いんだな」
「そーじゃねえけど……見えねーし」
「見せるもんでもないだろ」
「見えた方が興奮しね?」
「……僕はしない」
「その割に息上がってるけど──」
「これは──」
「痛てーんだ。……ごめんな」
 彼が手を伸ばし、僕の膝頭を撫でた──。
 驚いたのは多分互いで、顔に出したのは吾郎君の方だった。また触られそうになって、僕は咄嗟に膝を引いて──。
 ……なんでこう素早いかな、吾郎君。
 のけぞった僕。起きあがった彼。抱きかかえられるのに抵抗するより、悲鳴を堪える方を僕は優先していた。
 膝を立て、彼が僕から手を離し、背の後ろにつく。僕は畳んでいた足を伸ばし、詰めていた息を吐き、思わず彼の太腿に寄りかかった。
 ──なんてことだ。
 膝を触られただけなのに。
「……感じた?」
 ──答えるものか。
「どうよ?」
 茶化すように、くいくい、と膝を小刻みに交互に揺らす。本当にまずかったのはそのあとのアクション、だけれども、それだって教えてなどやるものか。
「……痛いから、動くな」
「あー……ああ、うん、いいけど」
 分かってるよ。
 このままじっとしてたって、君は気持ち良くない。そういうことだろう?
 分かってるから、もう少し時間をくれよ──。
「……吾郎君はどんな感じ?」
「え? あー……うん、なんて言うか……あったけー」
「それだけ?」
「あと柔らかい……気がする」
「……なんだよそれ」
「しょーがねーじゃんよー、初めてなんだから」
「手慣れた吾郎君なんかいやだよ」
「おいおい傷つくなー」
 半分ふて腐れたような顔のまま、彼は片手で僕の肩を引き寄せた。ほんのわずかな体の揺れに、じりっとした熱が襲い、僕は思わず目を閉じた。──唇に柔らかいものが触れる。
「……しなくていいって言ったろ」 
「俺はしてぇの。……な、ちょっとだけ許して」
「……好きにしなよ」
 抗う気がなかったわけではない、けれど。
 下手に動くと自分がつらかったというのもあるし、それは言い訳に過ぎないのかもしれない。歯の間を割って入る、舌のぬるっとした感触は気持ちいいと思えなかったけれど、吾郎君とキスしている、という状態は、確かに僕をゾクゾクさせた。
 君は、どうなのかな……。
 少しは気持ちいいとか、思っているのかな……?
「な、これ、脱げよ」
「やだよ」
「邪魔じゃんか」
「僕は邪魔じゃない」  
「汗かいたら着替えらんねーだろ? それとも何、裸で寝たい? 寿君」
「──」
 一理ある。──けど、一言多いよ、吾郎君。
「僕が汗かくまで君がもてばいいけどね?」
「へっ、言ってくれるねえ。──ッつっても、このまんまなら俺の勝ちだぜ、多分」
「どうしてさ?」
「チューするたんびに寿也、締まってるの気付かねえ? やっぱお前、感じちゃってんじゃん」
「そんなこと──」
「あるよ。ッたく、お前案外素直じゃねえなぁ」
「動くなって──」
「寿也の方が誘ってんだぜ……?」
 いつどこで!
「ゆっくりやる。ちょっとだけ許して」
「えっ、……う、わ」 
 ……こういうことになると素早いのかな……。
 器用に、体を繋げたまま僕の背をベッドに倒す。抗う云々、の前に、自分の体に意外と力が入れられないことに、そのとき僕はようやく気がついた。
「……っう」
「まだ痛てぇ?」
「……分からない」
「しんどかったら、言えよ」
 ずるっ……、と、彼のものが抜ける。言葉通り、本当にゆっくりと。それからまた、ゆっくりと押し込んで──。
 喉の奥にまで何かが突き上がってきそうで、僕は両手で口を押さえた。両足を高く掲げられ、体をくの字に折られ、胃のあたりが苦しい。
「声出してもいいぜ?」
「……呻き声でもいいのかい?」
「気持ち良くなんねぇの?」
「初めてでいきなりなるわけ無いだろ? 吾郎君もやってみれば分かる」
「う……まあ、それはおいおい……」
 そもそもそのための器官じゃないんだから。
 それくらい分かれよ、まったく。
 抜いて、押し込んで、引いて、突いて。
 全身の感覚がそこに集まったようだった。味わったこともない感触、だからだろうか、まるで僕の体がそれを覚え込もうとしているようで──。
 ──覚えてたまるか、こんなこと。
 いつかきっと、吾郎君にも──。
 ……いけない、頭がくらくらしてきた。
 思うように呼吸できない所為だろうか。
「……少し離れて……」
 押しのける代わりに彼の胸を軽く叩く。自分でもぎょっとするほど弱々しいアクションだった。
「ん、あ、ああ」
 我に返った、という感じで、彼が少し身を離す。僕の膝が下がり、体が伸びたおかげで、少しだけ呼吸が楽になった気がした。
「……そんな顔するんだな」
 どんな顔だよ。
 一体全体、どんな顔をするって言うんだよ?
「すっげー、可愛い……」
 ばんっ。
「痛てぇっ!」
「何言ってんだよ! そんなこと言われても嬉しくないから!」
「ほめてんのに!」
「嬉しくない!」
 吾郎君に人の顔を見る余裕がある、というのも腹立たしい。
 僕はどんな顔をするというのだろう。どんな顔をしているのだろう。痛みに似た鈍い疼き。快感、には及ばない異物感。つながっている部分で、僕と彼の熱が混じる。
 ──切ない。
 が、一番近いだろうか。
 何かかが胸に迫る感じが。
 君の、体温が……。
「……俺は結構いいぜ」
 少し頬を上気させて、吾郎君が口元をほころばせる。
「ゆっくりしか動けねえってのも、焦らされてるみたいでさ……」
「スピード上げてもいいけど?」
「いいの?」
「その方が早く終わるだろ?」
「ッはー……寿君、ほんと良くねえんだなぁ。オトコとしてちょっと落ち込むぜ」
「男同士ですぐに感じる方が、オトコとしてはどうかと思うけど」
「まあそれもそうか……じゃ、ちょっと早くするぜ」
 短く荒い呼吸と、彼の動きが揃う。入り口を浅く早く何度もこすられ、ゆっくり深く穿たれるのとは違う疼きが、腰から登ってくるのを僕は感じた。
 ……こんな……。
 こんなことって……。
「……ぁっ」
 吾郎君の手が、僕のものに触れた。
 反射的に身を固くしたのが彼にも伝わったのだろう。別の手が、伸びて僕の頭を撫でた。
 何も言葉のないまま、驚くほど優しく、彼が僕をしごき始める。彼の腰の動きが再びゆっくりになっている、と気がつくまで、しばらくかかり、僕はあまり思考回路が働いていないことを知った。
「……イイか?」
 彼の囁きがやけに熱っぽく聞こえる。変だ。多分変だ。僕が変なんだ。
「……分からない」
「そう」
 また彼が頭を撫でて。
「俺だけイイっていうのも不公平だもんな」
「らしくないね……そんなとこ気を使わなくてもいいのに……」
 腰が抜けるってこんな感じだろうか……。
 頭の芯と、体の芯が少しずつとろけていくような。
 君にも、この感覚は伝わっているのかい……?
 どれくらいそうされていたのだろう。甘さに似た浮き立つような感じは、途切れるまではとても長く、けれどそれでいて、数秒間の出来事にも思えた。
 それを断ち切ったのは、痛いほどに澄んだ、はっきりした快感だった。暖かい霧の中で突然足元が崩れるような、予想外の感覚に僕は戸惑った。
「っ、吾郎、君っ……!」
 飛びそうな感覚が怖くて、無意識に彼の手を探っていた僕の手を、彼が気付いてぎゅっと握った。その力強さが嬉しかった。
「イっていいぜ?」
「やだよっ……! こんな、の……っ」
 飛んでしまう。
 わけがわからなくなりそうだ。
 そんなのは、いやだよ吾郎君──。
「……一緒なら、怖くねえだろ?」
 僕のものから手を離し、その手を僕の空いた手にしっかりと組む。何度か軽いキスをしてから、彼がぐっと腰を引いた。
「────ッ!」
 ずしん、ときた。
 両手がふさがっているのもあるけれど、喘ぐのを堪えきれなかった。それはぶつけたときなんかに出る反射的な悲鳴と似ていて、自分の意志とは関係なく、喉から勝手に押し出されてくる。
 彼が僕に深く入り込むたびに。
 それを快感と呼んでいいのか分からないけれど──。
「寿也……っ」
 僕の手を握る吾郎君の両手に、その瞬間力がこもって──。
「うっく……!」
 激しく引き抜かれる感触に、頭の中が一瞬真っ白になった。
 神経の末端が焼き切れてしまうような、音のない小さな爆発がいくつも同時に起こったようだった。 
 僕と彼の呼吸が聞き分けられるまで、どれくらい時間が経っただろう。目を開ける気にはなれず、彼がほどいた僕の手を動かす気力もなくて、そういえばローブは結局着たままだった、と、手が触れてから思ったりした。
 ──すごくじんじんする。
 はっきりと痛いってわけじゃないけど、切れたり、してないよな……?
 感覚が露骨になるのに耐えかねて、そろそろと目を開ける。部屋はまだほの暗いままで、けれど慣れた目には明かりが少しまぶしかった。
 僕の頭越しに吾郎君が手を伸ばした。ぼんやりと見るでもなく眺めていると、彼はヘッドボードのティッシュを何枚か引き抜いて、その手が視界から消えた。
 ……ああ。
 お互いそこに出したってことか……。
「……寿君、起きてる?」
「うん」
「シャワー、浴びる? 俺は浴びるけど」
「……いい。あしたの朝にする」
 いろんな意味で動ける自信がなかった。そうか、と短く答えて、吾郎君がベッドから降りた。布団は確か、足元の方に追いやってしまったはずだ。引き上げなくては、と思うものの、腕を上げるのすら億劫だった。
「──ちょっと熱いかもよ」
「わっ」
 言葉通り、熱いものを額に押し当てられ、僕は飛び退いた。──といっても実際には、体が少し身動いだだけだった。反射的に目を開けると、まだ裸の彼が、畳んだタオルを持っていた。
「軽く拭いとく。寝てていいぜ」
「……らしくないね」
「俺こー見えて結構マメなオトコなのよ?」
 熱いタオルが肌を撫でる。足を持ち上げられたときよりも、内股を拭かれたときよりも、鳩尾のあたりを少し強く拭かれたのが、なぜか一番恥ずかしかった。
 そのあと吾郎君は、僕のローブのひもを結び、布団を引き上げて僕の体にかけた。
「……ありがとう」
「言ったろ? マメなんだぜー意外に。じゃあ俺シャワー浴びてくっから。先に寝ててもいいからな」
 君より先に寝入るのは悔しいよ、吾郎君。
 君の方に余裕がありそうなのが悔しいよ。
 本当は蹴飛ばしてやりたかったのに、まだ体がいうことを聞かない。それだけで充分、悔しいんだよ。
 

 ──うとうとしていたのだ、と、目を開けてから、思った。
 背中からの暖かさで、吾郎君の存在を実感する。いつの間に横になっていたのか、僕には記憶がない。
 穏やかな呼吸。彼ももう、寝入っただろうか。
 腰から前に回されている手に、触れる。少し前まで僕をまさぐっていた手なのだ、と思うと、体の芯のようなものが、少し疼いた。
 ねえ、吾郎君。
 君にとって僕は、幼なじみとかチームメイトのひとりとか、そのくらいに過ぎないのかもしれないけれど。
 僕には君しかいないんだよ。
 あの頃から、ずっと。
 君にはそうじゃないだろうけど……。
「…………寿君、起きてる?」
 彼らしくない感じの小さな声に、答えるかどうか一瞬迷った。
「……起きてるよ」
「眠れねぇ?」
「そうじゃないけど……吾郎君は?」
「ちょっとうとっと来てたけど……」
「じゃあ、寝なよ。僕ももう寝る」
「あのさ」
「何? また変なこと言ったら張り倒すよ」
「変かどうかわかんねえけどさあ」
 後ろから、彼が頭を押し当てた。
「無茶したかなと思ってさ……ごめんな」
「無茶だと思ったら抵抗してるよ」
「痛くねえ?」
「……ひと晩寝れば治るだろ」
「その辺がごめんなんだなあ」
「いいよ。……僕もそれくらいは覚悟の上だ」
 それを受け入れられた自分の方が予想外だった。──けど、それはさすがに言わない。
 調子に乗られたら、それはそれで困る。
「俺、嬉しかったからさ……それでなんだかいろいろ、吹っ飛んで」
「何が嬉しかったのさ?」
「なんだろ。なんかいろいろ。寿君とやってるっていう状況とか」
「……なんで嬉しいのさ」
「何でかな。でもすんげー嬉しかった」
 腕に力がこもって、少し抱き寄せられて。
「すっげー、大事だって思った、寿也のこと」
「……キャッチャーとしてだろ」
「それは前から」
 ……即答するか。
 ほんと、野球のこととなると、彼に迷いはない。
 だから少しさびしくなるよ。
 それがあってこその吾郎君なんだって、頭では分かっているけれど。
「寿也あっての野球だろ」
「へえ?」
「どっちが欠けても成り立たねえよ。お前だってそうだろ?」
「どうかな。想像に任せるよ」
「つれねえの」
 ねえ、吾郎君。
 君はずるいね。
「俺は、お前と比べられるものなんてほかにねえよ」
 僕の些細なさびしさを、君がいつも吹き飛ばす。
僕のわずかなこだわりもしがらみも、あっさり飛び越えてしまうんだね。
「……何、感涙しちゃった?」
 茶化すように言って、後ろから軽く頭を撫でて。
 まさか本当に涙が出た、なんて知られたくないから、振り向いてなんて絶対やらない。
 けれどそうだね、これだけは言ってあげるよ。
「……僕も嬉しかったよ」
 僕には、君だけなんだ。
 野球も君も、どちらが欠けても成り立たないんだ。
「次はもっと頑張ってみっから」
「次があるなんて期待しないでくれる?」
 そして、
 そんな君だから好きなんだ。

〔あとがき〕
 ノリと勢いで書いてみた一作でございます。
 長沢涼さんとお話ししているうちに、いつの間にか書くことになってたらしいです(責任転嫁)。
 テーマが 「ノリと勢い」かつ「攻撃的なリード」という次第で……

 といっても「ノリと勢い」だけで、同性とえっちできるとは思いがたい、ので、双方にそれなりにラブ心はあるよな? みたいな。
 攻撃的なリードを目指していたら、寿君がツンデレになってました。
 ていうかアタシが、ツンデレ受けが好きだっつーだけだと思います。

 ラブはあっても、情緒に欠けるというか、いまいち物足りない感じの淡泊さとか、そういう意味での男らしさが出てればいいな、と。吾郎のお馬鹿っぽさ(ある意味下品)とか。

 伏せ字にすべきなんでしょうが、全体的にエロしかないので、どこを伏せるべきか分からないので、そのままにしてます……。

ウエニモドル